まるすけ(@marusukepapa)です。
2025年2月18日(火)の夜、一緒にテレビを観ていた妻が突然目の前で意識を失いました。
すぐに救急車で搬送され緊急手術。
術後、医師から告げられた病名は
『脳梗塞』
でした。
「45才の若さで…?」
「ウソだろ…?」
『脳底動脈先端閉塞症(のうていどうみゃくせんたんへいそくしょう)』
という脳梗塞全体の中でも1%という稀な場所での発症との事。
ネットの情報も極端に少なく、内容も悲観的なものばかり…。
頭がおかしくなりそうな日々でした。
医師からは
「意識の回復は見込めないでしょう」
とまで言われましたが、奇跡的に今は後遺症を残しながらも在宅復帰して生活しています。
そんな、情報の少ない脳底動脈先端閉塞症。
「今後もし同じような状況になった方が、少しでも参考にしてくれたら…」
そんな想いから、数回にわたり私が書き留めておいた記録を元に妻の闘病記を公開していきたいと思います。
※文章は記録の文体のまま記していきます。
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5/5(月)
リハビリ時間に合わせ面会に行く。
病室へ向かう途中、トイレから声がする。
外から声をかけると
「おお!」
と言う。
「みいこのパターン多いね」
との声に
「多いわー」
と笑う。
トイレの外で聞いていると、担当の作業療法士さんと
「このまま立ってられますか?」
「うん」
「右手もう少し上です」
「やだー」
「何がですか?」
「これ(右手の動き)やだぁー」
といったやり取りをしていた。
外から
「みい、文句言ってんじゃないよ」
と言うと
「あぁ、はいはい」
と返事をして笑っていた。
トイレから出ると
「今日は排尿前に訴えがあって間に合ったんです」
と報告を受ける。
リハビリ終了時間となり、共有スペースで面会。
終始よく笑っていた。
「たぶんこの部屋にいる事が、良い事なんだろうね」
「そうだね、すごい」
「今日は○○ちゃん(息子)オープンキャンパスだよ。さて、○○ちゃんはいつ来たっけ?」
「昨日」
「おー!正解。分かるようになった?」
「ううん、さっきリハビリの時にスタッフさんが昨日の話をしてくれたから」
「なるほど」
といったやり取りをする。
机の上に置いたスマホが振動。
「お、何か来たぞ?」
と言うので
「今の何の通知?」
と聞くと
「LINEだね」
と言う。
「すごい、LINE思い出したね!」
と伝える。
右肩が痛いというのでマッサージをしていると
「○○ちゃん(息子)はねー、あー、そうだ、今日はムリムリ」
と言う。
「そう、今日は来れないんだよね」
と伝える。
介護士さんと病室に行きベッドに移乗。
その際に介護士さんから
「ほとんど自分の力だけで立ち上がりと、体の向きの変換されてるんですよ」
と報告を受ける。
「夜勤の勤務先スタッフから久里浜天神社のお守りをもらったよ。
あとは、(友人の看護師)Tとか妹とか、たくさんの人からお守りもらってるから、みいの病室には神様たちが大集合してるね」
と伝えると
「あははは、すごいね!」
と嬉しそうに笑っていた。
「眠そうだね。じゃあまた明日ね」
と伝えると
「おやすみー」
と手を振っていた。
5/6(火)
面会に行くと、またトイレから声がしたため声かけ。
「またですね」
と担当の作業療法士さんと笑っていた。
「右足ステップしましょう」
「はい」
(2人一緒に)「よいしょー!」
「完璧ですね、手洗いしましょう」
「(自分に対して)ヘタクソー」
「前より上手でしたよー」
と和気あいあいと話している様子が聞こえた。
2階のリハビリ室へ移動中、担当の作業療法士さんが
「やっぱりご主人だと覚醒具合が全然違います」
と言っていた。
リハビリ室内、他の患者さんの机から『天城越え』が聞こえたため、マイクを向けるジェスチャーをすると
「♪天城~越~え~」
と歌い、その直後に
「音うるせーな」
と言うので
「聞いてる人がいるんだからそういう事言っちゃダメ!」
と注意。
「あはははは」
と笑っていた。
次のリハビリまで時間が空いたため共有スペースにて面会。
LINEでもう少ししたらTが来る事が分かる。
「このあと、T来るって」
「あ、ホント?じゃあここで待ってようかね」
「じゃあ来る前にもう1回注意だけど、さっきの天城越えみたいな失言気をつけなさいね」
「それはそれは、知らなかったっスー」
と、気にしていない(忘れている?)様子だった。
記憶の確認。
「みいは今何歳でしょう?」
「何歳…8歳!」
「じゃあ子供だね」
「うん」
「正解は45歳です」
「おもろ」
と笑う。
続いて
「パパとみい、結婚式はどこでやったかな?」
「結婚式はー…結婚式っぽいとこでやった!」
「ブブー、正解は船の上でやりました」
「船の上かー」
「分かんない事はまだ分からなくて大丈夫。分かる事はちゃんと覚えてるでしょ。例えば、自分の名前は?」
にスムーズに答え、両親など近親者の名前もしっかり答える事ができていた。
しばらく共有スペースで過ごしているとTが到着。
「T、料理教えてほしい」
「それは料理上手な人に頼んでよー」
「そうなるとさ、Tが教えられる事なんて何もないじゃん」
「毒吐くね」
「家の料理担当誰にしよう?(Tの末っ子の)○○にしたいけど忙しいよね」
「1番ヒマだべさ」
と2人でテンポよく話して大笑いする。
リハビリのため移動。
面会をTと交代して退室。
帰宅後、Tからの報告ではその後も饒舌に話していたとの事だった。
5/7(水)
仕事のため面会できず
5/8(木)
仕事中、担当医から電話があり来週の検査について説明があった。
・そうとう今よくなっている。
・来週の検査、問題なければ当日夜からでもおかゆ、もしくは固形物の食物への変更もあり得る。
・おそらく問題なくクリアできると思われる。
との事だった。
仕事後に面会。
病室に着くと目を閉じて眠っていた。
声をかけると薄目を開ける。
「昨日来れなくてゴメンね」
と伝えると
「いーよー」
と答える。
「寝てたねー、夜かと思ったの?」
と聞くと
「うん」
と答えたため
「ブブー、まだ夕方の5時でした」
と伝えると笑う。
「あのねー、えっとねー、変なねー、くちばしだった」
「夢か?」
「あははは!だってさー、変なくちばしだったんだよ」
「誰のくちばし?」
「キョロちゃん」
「キョロちゃんって…まさかチョコボールの?」
「(笑いながら)そうそう」
「どんなだった?」
「変でさー、丸くて」
「それ、ちゃんと(夢の中で)食べられた?」
「食えないよねー」
といったやり取りをしながら終始大笑いしていた。
昼に担当医の先生から電話があった内容を伝える。
「マジで!嬉しいねー」
「早ければその日のうちにミトンさよなら、だね」
「それはそれは嬉しい」
「おかゆとか、野菜とか食べられるようになったらイイね」
「やばいね」
と笑顔で話をしていた。
ママ友グループ(みいも含めて4人)の1人から預かったメッセージを読み上げると
「やーん、泣けるねぇ」
と言っていた。
「Tも含めてみんなみいの事を想ってくれてるから、家に帰ったらこの3人を家に招待しようね」
「そうだね」
「パパが4人に美味しいもの作ってあげよう。みんなは椅子に座ってるだけでOK」
「作ってくよー、作ってくよー、 パパが」
と言い笑っていた。
5/9(金)
仕事後に面会。
お腹の上で左右のミトンを重ねて
「かわいそうでしょ」
と少し笑いながら出迎える。
「みい、鼻の管が取れるかどうかの検査、あと4日だよ」
「うれしー」
「なんでミトンもつけてるか分かる?」
「間違えて何かを食べちゃうから?」
「それつけてないと、手で鼻の管を取っちゃうからだよ」
「とれるかなぁ。でもミトンを外すと何かを誤飲しちゃうって事もあるらしい」
「自由になった両手で拾い食いするって事?」
と聞くと大笑いする。
「ところでみい、今の状態で空腹って感じるの?」
と聞くと
「あるよ。今日お腹すいたなーって」
と答える。
そのタイミングで看護師さんが入室、経管栄養注入の時間と話され
「よろしくお願いしますね」
と言われると
「なんでもいいです」
と答え、笑いを誘っていた。
「注入時の感覚ってあるの?」
と聞くと
「よーわからんね」
と答える。
注入している最中の感覚を聞くと、特に感覚はなく温度も分からないとの事だった。
口の付近と鼻の下にある汚れをティッシュで除去し
「じゃあ今日も夜勤の応援をお願 いしようかな。みいの応援が一番だから」
と伝えると
「パパー、夜勤ー、がんばー」
と言うが、何となく声のトーンと表情から眠そうなのが感じ取れたため
「もう30年も一緒にいるから何となく分かるぞ。みい、実はもう今眠いだろ」
と聞くと笑顔になり
「あはははは、バレたか。そうそう、なんか眠くなってきたなーって思ってた」
と言う。
「じゃあパパ行くから、ゆっくりおやすみ」
と伝えると
「うん、気をつけて行ってきてね」
と言いながら左手を振っていた。
5/10(土)
息子の学校で保護者説明会があったのでそれに出席した後、なみきリハビリテーション病院で父、母と待ち合わせ。
一緒に病室へ行く。
一度に面会できるのは2名までなので、まずは私と母で病室へ。
眠っていたため声をかけると
「あぁ、パパ」
と眠そうな声で笑顔を見せる。
母がいる事には気づかず、母が
「来たよ」
と声をかけると声のトーンを上げて
「あぁ!おばあちゃん。すいません、こんな格好で」
と早い口調で話していた。
「どっか痛いとこある?」
と母が聞くと
「体じゅう痛いですよー」
と笑顔で話す。
「早くお家に帰ろうね」
に
「申し訳ない」
と答える。
「申し訳ないなんて思う事はないよ。喋れるようになって良かったよ」
「うん!」
といったやり取りをしていた。
「おじいちゃんも来てるからちょっと呼んでくるね」
と言い、母が退室。
「あー、ヤバいね、これは。こんな格好だから」
父が入室。
「あーお父さんすいません。こんな寝てる格好で」
「ゆっくり休めって事だよ」
と言われ
「そうですね」
と答えていた。
※4/12(土)に初めて母と面会した時には敬語じゃなかったが今回はしっかりと敬語を交えて話す。
状況を理解して発している様子が見て取れた。
父と母で面会。
敬語を使い、よく話していたとの事。
しばらくして父と交代し、私と母で面会。
「みんな、たくさん、お言葉、できた」
と言うので
「たくさんお話できたって事?」
と聞くと
「そう」
と言う。
母が退室。
「でもさぁ、記憶としては、こうやって『うん、うん』ってなるのはいつだろー?」
「つまり、会話がちゃんと成立する時って事?」
「そーだねー」
「えーとね、会話はね、すでに成立してます!」
「(笑顔で)ホント?」
「だってみい、帰ったらパパの料理食べる?」
「うん、食べたい」
「ほら、成立してる」
「そっか」
「みいの意識が戻った事、パパの会社の職員にも伝えたらみんな喜んでたよ」
「○○さん(同僚の名前)も?」
「うん」
「嬉しいね。意識戻ってほしかったかねー、○○さん」
「もちろん」
といったやり取りをして笑顔になっていた。
記憶の確認。
「パパの趣味の楽器は?」
と聞くと
「パパの趣味のねー、楽器はねー、ドラムだね」
と答えるので
「正解!」
と伝える。
「じゃあみいの趣味の楽器は?」
と聞くと
「楽器はねー、あのねー、キーボードができたねー」
と答えていた。
帰り際、手を振る素振りを見ていると、今日は左手じゃなく右手で振っていた。
5/11(日)
妹と一緒に面会に行く。
寝ていたので声をかけるとパッと目を覚ます。
妹が声をかけると
「おー!○○ちゃん(妹の名前)」
と大きな声で発し笑顔を見せる。
「これからリハビリだから起こしたよ」
と伝えると
「そっかそっか」
と答える。
妹の方を見つめて
「かわいー、○○ちゃんの後ろ、かわいー」
と言うので
「何がいた?」
と聞くと
「後ろにかわいい○○ちゃん(息子)がいたねー」
と言う。
息子は今日も大学のセミナーに参加している事を伝える。
床頭台にある妹からのお守りを見せ
「この眼力社って書いてあるのは妹が京都で買ってきてくれたお守りだよ」
と見せると
「ワタクシー、たくさん目を鍛えたいと思います」
と言うので
「頑張りましょう」
と伝える。
妹に対し
「○○ちゃん、どうなってるの?」
と聞く。
妹が
「ここにいるよー、見える?」
と答えると
「見える見える」
と言う。
リハビリ時間になり作業療法士さんが入室。
共有スペースに移動し手洗いを行う。
以前より上手に洗う事ができていた。
2階リハビリ室へ移動。
小さなカラーコーンを1個ずつ右手で掴んで移動するというリハビリを行う。
スタッフさんから
「前にやった事あります?」
と聞かれ
「ないですね」
と答えていたが以前同じリハビリは経験済み。
※本当に忘れていると思われる。
リハビリ中
「トイレ行きたい」
と言うのでトイレへ。
トイレに座り、排尿、排便(水様便)を確認。
「良かったね、間に合って」
と伝えると
「柔らかかったけどいいのかなぁ?」
と言う。
「固形の物を食べるようになったら良くなるよ」
と伝えると
「早く固まってほしいね」
と言う。
リハビリ後、病室に戻り看護師さんがオムツ交換をする。
看護師さんから
「最近、奥様とご主人の会話が面白いって話題になってますよ」
と報告を受ける。
妹とも活発に話し、笑顔の多い1日だった。
(近日公開予定)脳梗塞で倒れ「意識の回復は見込めない」と医師から言われた45才の妻が家に戻るまでの闘病記【15】へ続く



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