まるすけ(@marusukepapa)です。
2025年2月18日(火)の夜、一緒にテレビを観ていた妻が突然目の前で意識を失いました。
すぐに救急車で搬送され緊急手術。
術後、医師から告げられた病名は
『脳梗塞』
でした。
「45才の若さで…?」
「ウソだろ…?」
『脳底動脈先端閉塞症(のうていどうみゃくせんたんへいそくしょう)』
という脳梗塞全体の中でも1%という稀な場所での発症との事。
ネットの情報も極端に少なく、内容も悲観的なものばかり…。
頭がおかしくなりそうな日々でした。
医師からは
「意識の回復は見込めないでしょう」
とまで言われましたが、奇跡的に今は後遺症を残しながらも在宅復帰して生活しています。
そんな、情報の少ない脳底動脈先端閉塞症。
「今後もし同じような状況になった方が、少しでも参考にしてくれたら…」
そんな想いから、数回にわたり私が書き留めておいた記録を元に妻の闘病記を公開していきたいと思います。
※文章は記録の文体のまま記していきます。
脳梗塞で倒れ「意識の回復は見込めない」と医師から言われた45才の妻が家に戻るまでの闘病記【9】はこちら
4/7(月)
仕事帰りに面会に行く。
到着すると左向きに寝ながら右足を動かしていた。
声かけに返事はするものの鈍い印象。
「あおむけになれる?」
と伝えると右肩を開こうとするが困難な様子。
こちらで体位変換する。
手で瞼を開けて
「誰か分かる?」
と聞くと、しばらく沈黙した後
「パパ」
と言い口角を上げるも、やや苦しそうな表情。
「苦しい?」
と聞くと首を横に振る。
「どこか痛い?」
と聞くと
「…大丈夫」
と言う。
次第に左足も同様の(自転車をこぐ様な)動きを始める。
わずかに便の臭いがあったので臀部を確認するも排便なし。
右手を握り声かけを続けると、その手を握る力がどんどん強くなっていき、
額に汗をかき眉間にしわをよせ始めたのでナースコールをする。
看護師さんが確認すると、オムツ内にわずかに便の付着あり。
夕方に座薬を使用したとの事。
看護師さんが摘便を行うと苦しそうな表情を見せ、泥状の便が出た。
「残っているので、また後で出るかもしれません」
との事。
未だに表情は苦しそうではあるが一時よりは落ち着いた様子。
面会制限時間を過ぎてしまったため
「また明日来るよ。おやすみ」
と伝えると、声は出ないが
「おやすみ」
と口を動かしていた。
帰り際、スタッフさんから
・昼に自分でミトンを取ってしまった事
・誤嚥はなかった事
の報告を受けた。
4/8 (火)
仕事帰りに面会に行く。
声掛けにうなずくがすぐ眠っていた。
手で瞼を開け
「誰かな?」
と聞くも発語なし。
手を握ったり声をかけ続けているうちにわずかに覚醒。
「右手動かして」
と伝えると反対の左手を浮かす。
「家に帰ったら旅行に行ったりドライブしたり美味しいものたくさん食べようね」
に、口角を上げてうなずいていた。
口の動きを確認。
「『あー』ってできる?」
と聞くと口を開けていた。
「ニコッてできる?」
には口角を少し上げていた。
目の動きを確認。
人差し指を左目の前に出し目で追うか試すと、左側と上方向のみ若干追従。
やっと声が出て
「なんで分かんないんだー?」
と言う。
「分かった!眼鏡かも」
と伝えて着用させる。
顔から少し離れた場所で手を開閉して
「パパ、いま何してる?」
と聞くと
「ぐっぱーぐっぱー。何してるか分かった」
と言う。
少しずつ会話が成り立つようになってきたので話を続け
「みいが頑張ってるの分かってるよ」
「頑張ろーかなー。でもー、まだ頑張ってないかな?」
「誰が?」
「ママ」
「ううん、頑張ってるよ。だからこれだけお話しできるようになったんだよ」
といったやり取りをする。
記憶の確認をする。
「クリエイトって分かる?」
「ママが働いているスーパー」
「うん正解。みんな心配してるよ。○○さんとか」
嬉しそうに笑顔を見せ
「みんな忘れちゃったかなー?」
「ううん、心配してるよ」
「みんな覚えてるかねー」
「すごいなーみい、でも家のネコちゃんの名前は忘れちゃった?」
「あははははー」
「まぁいいね、ネコだから」
「あははー」
と声を出して笑っていた。
病室を出る際に
「みい、また明日」
と伝えると
「パパ、また明日ねー」
と返事をしていた。
※職場の話題になった途端に反応が良くなったような印象だった。
4/9 (水)
仕事帰りに面会に行く。
左の手の平をこちらに向けた形で、肘を90度曲げた状態で寝ていた。
声掛けに笑顔を見せる。
「また今日も頑張ったね」
と伝えると
「うんー、今日もー、まーいーにーちー」
と言いながら寝そうになる。
「目、開(あ)かん」
と言うので、こちらが手伝ったら開くようになる。
「みいスマホ見たい?」
と聞くと、(スマホが認識できない模様で)
「ん~?」
と言う。
「YouTubeは?」
と聞くとうなずく。
「今まで携帯見すぎてたから、今はまぁいっか」
と伝えると笑顔が増して
「ふふふ」
と声を出して笑っていた。
退室まで声をかけ続け、寝る事なく終始口角を上げてこちらの言葉にうなずいていた
が、全体的に反応は鈍い印象だった。
4/10 (木)
夕方に職員会議が入っていたため、仕事を中抜けさせてもらい面会に行く。
14:30
到着すると、スタッフステーションから
・部屋が個室から多床室(大部屋)に移動しました
・ちょうど今は入浴中です
と連絡あり。
14:40
入浴を終え、病室へ戻る際に声をかけると
「お風呂出てきたー。いいお湯だったー」
と言う。
「良かったねー」
と、伝えると
「ふふふー」
と笑顔を見せる。
部屋が変わっていたので
「今日この部屋に引っ越し?」
と聞くと首をかしげていた。
「みい横須賀って分かる?」
と聞くと
「リハビリ?」
と答えたので
「すごいじゃん!リハビリって言葉を自分から言えたね」
と伝える。
スマホで妻の画像を見せて
「誰かな?」
と聞くと
「自分」
と答えていた。
皮膚感覚の確認。
右足裏をくすぐると
「くすぐったい」
と言い右足を少し動かしていた。
脇の下はどうか確認すると、両脇とも
「くすぐったいっちゃくすぐったい」
と言う。
15:00
リハビリ時間になり、担当の作業療法士さんが入室。
車椅子へ移乗し、手洗い、整髪を行い2階リハビリ室へ。
移動中の会話で
「旅行はどこによく行かれてたんですか?」
と聞かれ
「箱根」
と答えていた。
作業療法士さんへ、事実であると伝える。
リハビリ室ではテレビを視聴。
「見えてますか?」
と聞かれうなずいていた。
視力が悪い事を作業療法士さんに伝える。
「まだ頑張れる人~?」
と聞くと
「はーい」
と言い、手を挙げようとしていた。
15:30
「じゃあ会議があるから今日はそろそろ行くね。みい、また明日」
と伝えると
「また明日ね」
を2回繰り返していた。
4/11 (金)
仕事帰りに面会に行く。
声かけに
「疲れたよー」
と返答。
電気を点けると
「まぶしーよー」
と言う。
「今日もリハビリ頑張った?」
と聞くと首をかしげて笑っていた。
「パパ今日はこれから夜勤だよ。夜勤って分かる?」
と聞くと
「(友人の看護師)Tのー、夜勤」と
答えたため
「そうだね、夜勤はTもやってるやつだね」
と伝えるとうなずく。
夜勤というのは、日中の事業所とは別の会社で金曜の夜~土曜の朝までアルバイトをしている
障がい者グループホームの世話人の事。
妻が倒れてからは、こちらの会社にもたくさんご迷惑をおかけしたが
温かいスタッフさん達の言葉に何度となく救われてきた。
せめて退院するまでの間は、何としても夜勤バイトを継続させてもらって少しでも力になれればと思っている。
担当の言語聴覚士さんが入室し、1回目のリハビリ計画書の内容について説明あり。
計画書には、以下のように現在の妻の身体の状態が細かく書かれていた。
『心身機能構造』の項目では
・意識障害:JCSⅡ-20(大きな声で呼びかけたり体をゆさぶったりすると、かろうじて目を開ける状態)
・運動障害:両上下肢
・摂食・嚥下障害:送り込み困難、嚥下反射惹起遅延
・呼吸・循環障害:脳梗塞術後、内服加療中
・音声・発話障害:構音障害
・関節可動域制限:右上肢、両下肢に制限あり
・筋力低下:両上下肢
『活動』の項目では
食事や移動、コミュニケーション、排泄などの18項目が設定され、それぞれ
1点(全介助)~7点(完全自立)で採点されており、自立度に応じて合計点が18~126点となる。
この初回は21点で、ほぼ「全介助」であった。
これからのリハビリでどう改善していくのか期待したい。
帰る際に
「また明日ね」
と言うと
「また明日ね」
と繰り返し
「おやすみ」
にも同様に
「おやすみーぃ」
と返していた。
4/12 (土)
転院後、初めて母を連れて面会。
声をかけると
「疲れたー」
と言う。
これからリハビリの時間だと伝えると
「やだー。でも耐える」
と言う。
母が
「おばあちゃんだよ」
と声をかけると
「おばあちゃん。来てくれて良かった」
と言う。
「(病院が)遠くなっちゃったから毎日来れなくなっちゃった」
に
「いいよー」
と答えていた。
続けて母が
「リハビリ嫌だろうけど頑張ってお家に帰ろうね」
と伝えると
「頑張る」
と笑顔を見せていた。
母がその表情を誉めると
「にっこり」
と言う。
※以前までは常に敬語だったため、どこまで理解して言葉を発しているのかは疑問だったが、
やり取り自体はとてもスムーズだった。
16:00
理学療法士さんと1階のリハビリ室へ。
ガーデンを車椅子で散歩後、車椅子上で足の伸縮リハビリを行う。
以前よりよく動いており、膝を曲げる動きを30回×2セット、膝を伸ばす動きを30回×2セット行う。
「難しいねー」
など受け答えも良好だった。
平行棒での立位リハビリは左手で棒を掴み、リハスタッフさん介助で50秒×2セットを行う。
終了時、リハスタッフさんから
「今後も覚醒を促すアプローチをしていきます」
「外気浴とご家族の声かけは有効です」
と報告を受ける。
部屋に戻った後は眠そうにしていた。
4/13 (日)
友人の看護師Tと、その息子(作業療法士養成校に通学中)と一緒に面会。
6日間排便がないため座薬を入れていた。
Tの声かけに左手を上げて手を振って笑顔を見せていた。
「○○ちゃん(Tの息子)も来てるよ」
の言葉にも笑顔を見せていた。
16:00
本日リハビリを担当してくれる作業療法士さんが来て挨拶。
「みいリハビリ頑張れる?」
と聞くと
「勝手にやってください」
と言い、周囲の笑いを誘う。
車椅子に移乗後
「今日はあと1個リハビリやったら終わりだよ」
と言うと
「自信ないでございます」
と言っていた。
怒っている訳ではなく、時折笑顔を交えながら言葉を発していた。
2階のリハビリ室へ移動。
リハビリ室ではTとTの息子と話しながら笑顔を見せていた。
机の上で、右手を雑巾の上に乗せ、目で追いながらテーブルを拭く動作を行う。
途中、血圧測定時にはTの声かけに
「はーい」
「あはは」
と反応していた。
お手玉を使ったリハビリ終了後、右足の痛みを訴えたため一旦病室へ戻る。
「みい、今どこ痛い?」
「どこも痛くないね」
「リハビリ休むのに、まさかウソ ついたんか?」
「怒られるね」
と笑っていた。
残りの時間は病室にて普通の椅子への移乗、立ち上がり訓練を行い終了。
作業療法士を目指すTの息子は、リハビリの様子や移乗の様子を真剣に見て学んでいる様子だった。
(近日公開予定)脳梗塞で倒れ「意識の回復は見込めない」と医師から言われた45才の妻が家に戻るまでの闘病記【11】へ続く



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