脳梗塞で倒れ「意識の回復は見込めない」と医師から言われた45才の妻が家に戻るまでの闘病記【4】

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まるすけ(@marusukepapa)です。

2025年2月18日(火)の夜、一緒にテレビを観ていた妻が突然目の前で意識を失いました。

すぐに救急車で搬送され緊急手術。

術後、医師から告げられた病名は
『脳梗塞』
でした。

「45才の若さで…?」
「ウソだろ…?」

『脳底動脈先端閉塞症(のうていどうみゃくせんたんへいそくしょう)』
という脳梗塞全体の中でも1%という稀な場所での発症との事。
ネットの情報も極端に少なく、内容も悲観的なものばかり…。
頭がおかしくなりそうな日々でした。

医師からは
「意識の回復は見込めないでしょう」
とまで言われましたが、奇跡的に今は後遺症を残しながらも在宅復帰して生活しています。

そんな、情報の少ない脳底動脈先端閉塞症。

「今後もし同じような状況になった方が、少しでも参考にしてくれたら…」

そんな想いから、数回にわたり私が書き留めておいた記録を元に妻の闘病記を公開していきたいと思います。

※文章は記録の文体のまま記していきます。

脳梗塞で倒れ「意識の回復は見込めない」と医師から言われた45才の妻が家に戻るまでの闘病記【3】はこちら

2/27(木)


仕事中、義父から
「集中治療室から一般病棟の個室に移動した」
と連絡を受ける。

面会制限が緩和された事を自分の兄弟にも報告。
週明けにでも友人の看護師Tに連絡しようと思う。

この日は日中、自分の両親の面会時の声かけにも反応して声を出すなどしていたとの事。

仕事帰りに面会に行く。

入院後初めて髪を洗ってもらっていて嬉しくなる。
常に鼻に管が入り、足や手にも色々な装置がつけられている姿だけでも辛いのに
日を追うごとに髪が汚れていくのを見るのは正直辛かった。

声をかけると上瞼を動かして反応。
私のいる場所を探しているようだった。

その後も左目を半分ぐらいまで開けようと頑張っていた。
「すごい!頑張ってるね!」
と声をかけ続ける。

面会時の様子を義父にLINEで報告した。

2/28(金)

仕事帰りに面会。

前日までの様子とは一転して反応が鈍い。

それでもなるべく普段通りに声をかけ続けるが、やはり帰り道の車内では意気消沈してしまう。

「もしこのままだったら…」
と悪い事ばかりを考えてしまう。

深夜、友人の看護師TからLINEが入る。

「転院先、やっぱり第一希望はなみきリハビリテーション病院はどうかな?
横須賀市外になっちゃうけど、(リハビリの)プロに任せるっていう安心感がどうも手放せなくて」

看護師であり、何より親友であるTの提案に反論する余地などないので

「一緒に真剣に考えてくれてありがとう。
そういう直感というか、何かしっくりこない感じとかとても大事だと思うから、
なみきリハビリテーション病院を第一希望で、って訂正しておくよ。
ソーシャルワーカーさんが平日のみ勤務だから月曜日に話してみるね」

といったやり取りをする。

反応が鈍い時は義父への報告は必要ないと思うので、今日は報告なしとした。
今後は、良い反応が見られた時のみ義父に報告する事にした。

3/1(土)

平日は15時からが面会時間だが、土日は13時から面会可能のため開始時間の13時に合わせて面会に行く。

反応が少しあったりなかったりを繰り返す。
その度に一喜一憂する。

「焦らずゆっくり帰っておいで」
と声をかける。

一度面会を終え、家に向かって車を運転していたが、落ち着かない。

「少しでも反応があれば心持ちも違うのに…」
「ちょっと時間空けてもう一回面会に行けば、ひょっとしたら反応があるかも…」
と思い、帰り途中でUターン。

最初の面会終了から約一時間空いて再面会。

が、やはり反応は変わらず。

めげずに普段通りに声をかけて退室した。

3/2(日)

弟夫婦と待ち合わせて一緒に面会に行く。

到着して声をかけると瞼を動かして反応。
手や口元を動かしたり、口角を上げて笑顔を作ったりするようになる。

「すごいすごい!パパ来て嬉しかったのかな?」
と伝えると小さく頷く。

泣きそうになるのを堪えて、時間内いっぱい話しかけ続ける。

「また明日も絶対に来るからね」
と伝えて退室した。

夜、弟に
「今日はやっと会う事ができてよかったよ。
これからもみんなで、意識が戻る事を祈って信じて待とう」
とLINEする。

3/3(月)

一般病棟へ移動して面会が可能になった事をTに報告。

ソーシャルワーカーに転院先病院の希望変更を伝える。
あわせて、病院側へ現状の病状説明の依頼をし、候補日を数日伝える。

仕事中、Tから
「面会に行ってきた!」
とLINEあり。

仕事帰りに面会に行くと、病室が個室から大部屋に移動していた。

床頭台にTが持ってきてくれたお守りやリップクリーム、ヘアブラシなどが置いてあり、
こんなに想ってくれる親友がいて幸せだと思う。

声をかけると、唇を閉じた状態からゆっくりと2回開く。
「パパ」って言ったんだと思い込む。
あくびもするようになった。

帰宅後、Tにお礼のLINEをすると、面会の時には笑顔で反応してくれたとの事。

さすが親友。
きっと自分とは違う反応を見せているんだろうと思い、嬉しくなった。

3/4(火)

仕事帰りに面会に行く。

ここ2日間は反応が良かったので、今日も反応が良いと思い込んで病室に向かった。
が、まったくと言っていいほど反応がなく、ずっと眠っていた。

期待していただけに、病室を出たあとの病院内の通路でガッカリしてしまう。

一回の面会時間が30分、夜の20:00までしか面会ができないため、3/1(土)みたいにもう一度面会をするのは時間的に不可。

「明日も諦めずに声をかけ続ける」
と強く思い、病院を後にした。

(近日公開予定)脳梗塞で倒れ「意識の回復は見込めない」と医師から言われた45才の妻が家に戻るまでの闘病記【5】へ続く

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